ようこそ「第九写真館」へお越し下さいました。
最初に、少しだけドイツの気候学者ウラジミール・ケッペンが構築した、『気温』と『降水量』を基準に世界の気候を分類する体系について触れることをお許しください。
ケッペンは、まず世界の気候を A から E の五つの大分類に整理しました。
A(熱帯気候)、B(乾燥気候)、C(温帯気候)、D(冷帯気候)、E(寒帯気候)の五つです。
さらにケッペンは、これらの大分類に対して、降水パターンを示す中分類の記号を組み合わせました。
たとえば f は『fully humid=年中湿潤』、w は『winter dry=冬に乾燥』、s は『summer dry=夏に乾燥』、m は『monsoon=モンスーンによる短い乾季』、そして B 気候に特有の W はドイツ語の Wüste(砂漠)に由来し『desert=砂漠』を意味します。
この中分類によって、同じ熱帯気候であっても、雨が一年中降る地域(Af)と、雨季と乾季が明確に分かれる地域(Aw)、あるいは乾燥が極端に強い砂漠地域(BW)などを区別できるようになります。
さらに C(温帯)や
D(冷帯)、そして B(乾燥)気候では、小分類として気温の特徴を示す記号が付加されます。a は『hot summer=暑い夏』、b は『warm summer=温暖な夏』、c は『cool summer=涼しい夏』、d は『extremely cold winter=非常に寒い冬』、h は『hot=高温』、k は『cold=低温』を意味し、これらを組み合わせることで、世界の多様な気候を簡潔かつ正確に表現することができます。
これらの記号を組み合わせることで、たとえば Cfa は『温帯・年中湿潤・暑い夏』、BWh は『乾燥・砂漠・高温』、Cwb は『温帯・冬乾燥・涼しい夏(高地)』といった具合に、気候の性質を簡潔かつ正確に表現することができます。
このようにケッペンの気候区分は、気温と降水という二つの基本要素をもとに、世界の多様な気候を体系的に整理したものであり、現在でも地理学や気候学の基礎として広く用いられています。
私は 2026 年 1 月にエジプトを訪れ、続いて 2 月にはコスタリカを旅しました。
エジプトは、ケッペンの気候区分では BWh(乾燥気候・砂漠地帯・高温) に属し、国
土の大部分が極端に乾燥した熱砂漠気候に覆われています。
一方コスタリカは、国土の中に複数の気候が共存するという特徴を持つ国です。
カリブ海側の港町リモン周辺は Af(熱帯・多雨・多湿) に属し、一年を通して雨が
多い地域です。
中央高地に位置する首都サン・ホセ周辺は Cwb(温帯・冬乾燥・温暖な夏) で、標高の影響により熱帯にもかかわらず涼しく過ごしやすい気候となっています。
太平洋側の地域は Am(熱帯・モンスーンの短い乾季) に属し、雨季と短い乾季が明確に現れます。さらに北西部のグアナカステ地方は Aw(熱帯・冬に乾燥) のサバナ気候で、乾季と雨季の差がはっきりしています。
乾燥した砂漠の旅から、緑濃く高温多湿な熱帯雨林、そして高地の爽やかで過ごしやすい気候へと移り変わる旅は、まさに世界の広さと多様性を体感する時間でした。それはつまり、私たちが暮らす地球がいかに多様で豊かな環境を持ち、その自然資源がどれほど貴重であるかを、身体で理解する旅でもあったのです。
自分自身が旅を楽しむことはもちろんですが、豊かな地球という星の恩恵を肌で感じ、その恵みに感謝する気持ちを忘れないことの大切さを改めて教えてくれる旅でもありました。
お待たせいたしました。それでは最初に中米の「コスタリカ」をご案内しましょう。
特に今回、私の写真館にお越し頂きました皆様には、沢山の貴重な鳥の画像がご覧いただけます。撮り立ての画像の極一部ですがお楽しみ下さい。
最初は手塚治虫の漫画「火の鳥」でも有名な「ケツアール」です。
熱帯雲霧林は湿潤な森で構成されています。

雨後の熱帯の森/サン・ヘラルド・デ・ドタ/コスタリカ
この画像のような森の中で彼らは生活をしています。

雨後の森/サン・ヘラルド・デ・ドタ/コスタリカ
世界一美しい鳥「ケツァール」を探して、森の奥へと分け入っていきましょう。
しかし、現地ガイドの案内なしに、この深い森で彼らを見つけ出すのは至難の業です。
なぜなら、彼らの美しい緑の羽が、森の緑に完全に溶け込んでしまうからです。
ガイドがケツァールを発見し、何度も何度も指し示す方向を凝視して、ようやくその姿を捉えた瞬間は、胸が高鳴るひとときです。
興奮のあまり急いでシャッターを切ると、映像がぶれてしまうこともあります。
心を静め、ピントを合わせ、ケツアールに向けそっとシャッターを切る――その瞬間こそ、まさに至福の時間です。

ケツアール♂/サン・ヘラルド・デ・ドタ/コスタリカ
何とも言えない可愛らしい顔は人の心をとらえて離しません。
見た人はおそらく誰でもそのとりこになってしまいます。

ケツアール♂/サン・ヘラルド・デ・ドタ/コスタリ
少し首を傾げ何か一言いいたげな表情に見えます。

ケツアール♂/サン・ヘラルド・デ・ドタ/コスタリカ
クリっとした目は、優しく可愛らしく見えますが、彼らはこの熱帯雲霧林で生き抜くすべを知る驚異的な生命力を持っているのです。

ケツアール♂/半身画像/サン・ヘラルド・デ・ドタ/コスタリカ

ケツアール♂/全身画像/サン・ヘラルド・デ・ドタ/コスタリカ

ケツアール♂/全身画像/サン・ヘラルド・デ・ドタ/コスタリカ
彼の奥様もご紹介しておきましょう。
彼が懸命に巣作りするかたわらその作業をじっと見守っていました。
とても上品で優しそうな奥さまです。

ケツアール♀/サン・ヘラルド・デ・ドタ/コスタリカ
ケツアール鑑賞後は、しばらくコスタリカの自然をご紹介しましょう。

コガネノウゼン/サン・ホセ/コスタリカ

ランの花/モンテベルデ/コスタリカ

アナナス科の花/モンテベルデ/コスタリカ

アグーチ/モンテベルデ/コスタリカ

アグーチ/モンテベルデ/コスタリカ
ここからは私の大好きな「ハチドリ」です。
日本にはハチドリはいません。標本でしか見られない鳥がコスタリカには沢山います。モンテベルデ自然保護区の「ハミングバード・ギャラリー」では、蜜を入れたランタンが吊り下げられて、蜜を吸うハチドリたちのハミングバード・ウォッチングができます。様々な色のハチドリがやってきて蜜を吸う姿をまじかに見られて心が躍ります。

ミドリボウシテリハチドリ/モンテベルデ自然保護区「ハミングバード・ギャラリー」/コスタリカ

ミドリボウシテリハチドリ/モンテベルデ自然保護区「ハミングバード・ギャラリー」/コスタリカ

ハチドリ/サンヘラルド・デ・ドタ/コスタリカ

ハチドリ/サンヘラルド・デ・ドタ/コスタリカ

ハチドリ/サンヘラルド・デ・ドタ/コスタリカ

ハチドリ/サンヘラルド・デ・ドタ/コスタリカ

ハチドリ/サンヘラルド・デ・ドタ/コスタリカ

ハチドリ/サンヘラルド・デ・ドタ/コスタリカ
ハチドリ/サンヘラルド・デ・ドタ/コスタリカ

ハチドリ/サンヘラルド・デ・ドタ/コスタリカ

ハチドリ/サンヘラルド・デ・ドタ/コスタリカ

ハチドリ/サンヘラルド・デ・ドタ/コスタリカ

ハチドリ/サンヘラルド・デ・ドタ/コスタリカ

ハチドリ/サンヘラルド・デ・ドタ/コスタリカ

ムラサキケンバネハチドリ/モンテベルデ自然保護区「ハミングバード・ギャラリー」/コスタリカ

ムラサキケンバネハチドリ/モンテベルデ自然保護区/コスタリカ

ハチドリ/サンヘラルド・デ・ドタ/コスタリカ

緋色コンゴウインコ/モンテベルデ/コスタリカ

ビナンガヤシ/モンテベルデ/コスタリカ

グラニア・マコヤナ/モンテベルデ/コスタリカ

アカメアマガエル/フォルトゥーナ/コスタリカ

アカメアマガエル/フォルトゥーナ/コスタリカ

アカメアマガエル/フォルトゥーナ/コスタリカ

キバラスミレフウキンチョウ/サラピキ/コスタリカ

ムナフチュウハシ/サラピキ/コスタリカ

ルリミツドリ/サラピキ/コスタリカ

バフムジツグミ・ルリミツドリ他/サラピキ/コスタリカ

バシリスク(水の上を走るトカゲ)/サラピキ/コスタリカ

マルバネルリマダラ/サラピキ/コスタリカ

モルフォチョウ/サラピキ/コスタリカ

ヒロハシサギ/カ―ニョ・ネグロ/コスタリカ

メガネカイマン/カ―ニョ・ネグロ/コスタリカ

ホオグロミヤビゲラ/サラピキ/コスタリカ

キバラヒタキモドキ/サラピキ/コスタリカ

アメリカヘビウ/カ―ニョ・ネグロ/コスタリカ

アメリカシロトキ/カ―ニョ・ネグロ/コスタリカ

アナナス類/サラピキ/コスタリカ

クビワヤマセミ/カ―ニョ・ネグロ/コスタリカ

クビワヤマセミ/カ―ニョ・ネグロ/コスタリカ

クビワヤマセミ/カ―ニョ・ネグロ/コスタリカ

クビワヤマセミ/カ―ニョ・ネグロ/コスタリカ

クビワヤマセミ/カ―ニョ・ネグロ/コスタリカ

クビワヤマセミ/カ―ニョ・ネグロ/コスタリカ

ミドリヤマセミ/カ―ニョ・ネグロ/コスタリカ

ミドリヤマセミ/カ―ニョ・ネグロ/コスタリカ

ヒメアカクロサギ/カ―ニョ・ネグロ/コスタリカ

アオアシトキ/カ―ニョ・ネグロ/コスタリカ

ムナフチュウハシ/サラピキ/コスタリカ

ムナフチュウハシ/サラピキ/コスタリカ

ムナフチュウハシ/サラピキ/コスタリカ

ソライロフウキンチョウ/サラピキ/コスタリカ

ソライロフウキンチョウ/サラピキ/コスタリカ

コシアカフウキンチョウ/サラピキ/コスタリカ

ホオグロミヤビゲラ/サラピキ/コスタリカ

カカオの実/サラピキ/コスタリカ

ヤシフウキンチョウ/サラピキ/コスタリカ

クロコンドル/カ―ニョ・ネグロ/コスタリカ

キンズキンフウキンチョウ/サラピキ/コスタリカ

カワリリス/サラピキ/コスタリカ

カワリリス/サラピキ/コスタリカ

カワリリス/サラピキ/コスタリカ

カワリリス/サラピキ/コスタリカ

カワリリス/サラピキ/コスタリカ

メガスケパスマ・エリトロクラミス/サラピキ/コスタリカ

グリーンイグアナ/サラピキ/コスタリカ

グリーンイグアナ/サラピキ/コスタリカ

クリソテミス・プルケラ/サラピキ/コスタリカ

ミサゴノスリカ―ニョ・ネグロ/コスタリカ

フタユビナマケモノ/サラピキ/コスタリカ

フタユビナマケモノ/サラピキ/コスタリカ

ソライロフウキンチョウ/サラピキ/コスタリカ

フジノドシロメジリハチドリ/サン・ヘラルド・デ・ドタ/コスタリカ

フジノドシロメジリハチドリ/サン・ヘラルド・デ・ドタ/コスタリカ

アオミミハチドリ/サン・ヘラルド・デ・ドタ/コスタリカ

バナナとヘリコニア/サラピキ/コスタリカ

ニショクキムネオオハシ/サラピキ/コスタリカ

ニショクキムネオオハシ/サラピキ/コスタリカ

ニショクキムネオオハシ/サラピキ/コスタリカ

ニショクキムネオオハシ/サラピキ/コスタリカ

ニショクキムネオオハシ/サラピキ/コスタリカ

ニショクキムネオオハシ/サラピキ/コスタリカ

ニショクキムネオオハシ/サラピキ/コスタリカ

ニショクキムネオオハシ/サラピキ/コスタリカ

ニショクキムネオオハシ/サラピキ/コスタリカ

ニショクキムネオオハシ/サラピキ/コスタリカ

ニショクキムネオオハシ/サラピキ/コスタリカ

ニショクキムネオオハシ/サラピキ/コスタリカ

ニショクキムネオオハシ/サラピキ/コスタリカ

ニショクキムネオオハシ/サラピキ/コスタリカ

ニショクキムネオオハシ/サラピキ/コスタリカ

ニショクキムネオオハシ/サラピキ/コスタリカ

ニショクキムネオオハシ/サラピキ/コスタリカ

ニショクキムネオオハシ/サラピキ/コスタリカ

サン・ホセ空港/コスタリカ
これから帰国の途へ!
空港では、アカメアマガエルがお見送りをしてくれました。
また訪れたいコスタリカ!
ここからは下エジプトの旅に出ましょう。
「エジプトは、ケッペンの気候区分では BWh(乾燥気候・砂漠地帯・高温) に属し、
国土の大部分が極端に乾燥した熱砂漠気候に覆われています。」と冒頭に書いた通り、まさに「砂漠の国」です。
私が今回旅をしたのは、下エジプトのナイルデルタにあるアレクサンドリアと、そこか
ら海岸線を西に向かいマルサ・マトルーフ、さらにそこから南下しリビア砂漠にあるシーワ・オアシスへと向かう旅でした。その理由は、私の歴史エッセイ『プトレマイオス1世』に書いたシーワの神託所跡をどうしても訪れたいという強い思いからでした。
『アレクサンドロスがこの危険な旅に踏み出した理由は、単なる宗教的儀礼ではなかった。彼には幼いころから抱き続けてきた、深い内面的な問いがあったのである。それは、母オリュンピアスが繰り返し示唆し、彼自身も心の奥で揺れ動いていた、「自分は本当にゼウス神の子なのか」「自らの王権は正統なのか」「自分の征服事業は神の意志に適っているのか」。アモン神の神託を受けることは、これらの根源的な問いに対する答えを得るための、唯一の道であった。
さらに、この旅には政治的な意義もあった。エジプトでは王(ファラオ)は神の子として統治する存在であり、アモン神の神託を受けることは、アレクサンドロスがエジプトの正統な支配者であることを宗教的に裏付ける行為でもあった。彼はこの神託を通じて、自らの王権を神聖化し、東方世界における支配の正統性を確固たるものにしようとしたのである。
アレクサンドロスがシーワで受けた神託については、アリアノス・クルティウス・プルタルコスなどの記述を総合すると、三つの核心があったとされる。
第一に、神官はアレクサンドロスに対し「アモンの子よ」と呼びかけた。ギリシア人にとってアモン神はゼウス=アモンと同一視されていたため、これは事実上「アレクサンドロスはゼウスの子である」と宣言したに等しい。
第二に、父フィリッポス二世の暗殺について、「父の死はすでに報われている」と告げたとされる。
第三に、自らの遠征が神意に適うものかという問いに対し、「汝の行く道は神の意志である」と神託が下されたと伝えられる。
これらの神託は、アレクサンドロスにとって長年の内的葛藤を解消する決定的な答えとなった。彼は「神の子」であり、神の子であるということは「王権の正統性を持つ者」であり、さらに「遠征は神意に適うものである」と認められたのである。
シーワでの神託後、アレクサンドロスは自らを「人間王アレクサンドロス」から「神王アレクサンドロス」へと転換させていく。王は神の子であるという思想は、ナイル文明圏(エジプト)、ペルシア帝国圏(アケメネス朝)、メソポタミア文明圏(バビロニア・アッシリア)、レバント地方(シリア・フェニキア)において深く信じられていた。東方の支配者として、これからの遠征事業を完成させるためには「神王アレクサンドロス」という存在は必要不可欠であった。』(牛島まさみ歴史エッセイ、『プトレマイオス1世』より)
現在では、マルサ・マトルーフからリビア砂漠を横断してシーワ・オアシスへ向かう舗装道路が整備され、季節を問わずバスで快適に旅することができます。
アレクサンドロス大王がガザ包囲戦に勝利してエジプトへ入ったのは紀元前332年11月でした。そして、エジプトからフェニキア遠征へ向かったのが紀元前331年5月であったことを踏まえると、アレクサンドロスがシーワ・オアシスを訪れたのは同年の早春(2〜3月頃)であったと考えるのが自然でしょう。
イアン・ウォーシントン『プトレマイオス一世』(森谷公俊訳)には、「シーワへの500マイルの旅は危険なものだった」と記されています(505マイルは約805㎞)。

アレクサンドリア/エジプト

カーイト・ベイ要塞/アレクサンドリア/エジプト
この要塞が建てられる以前、この場所には「アレクサンドリア大灯台」が建っていた。その後地震によって崩壊し、15世紀後半にマムルーク朝のスルタンであるアシュラフ・カーイトバーイがこの要塞を建設した。建設に際し、すでに崩壊していた灯台の資材を利用したとされている。

マルサ・マトルーフのクレオパトラ海岸/マルサ・マトルーフ/エジプト

リビア砂漠/エジプト

リビア砂漠/エジプト

リビア砂漠/エジプト

シーワ・オアシスへ向かうトラック群/シーワ/エジプト

ナツメヤシの林/シーワ/エジプト

ナツメヤシの林/シーワ/エジプト

ナツメヤシの林/シーワ/エジプト

ナツメヤシの茂る道/シーワ/エジプト

砂漠でお茶を飲むベルベル人/シーワ/エジプト

塩湖(遠くに高く積まれた塩の山が見えている)/シーワ/エジプト

筒状の塔はハト小屋(ハトは食用となる)/シーワ/エジプト

シーワ・オアシスの八百屋さん/シーワ/エジプト

シーワ・オアシスの八百屋さん/シーワ/エジプト

シーワ・オアシスのお肉屋/シーワ/エジプト

シーワ・オアシスで買い物をする人々/シーワ/エジプト

シーワ神託所跡/シーワ/エジプト

シーワ神託所の至聖所跡/シーワ/エジプト

シーワ神託所の至聖所跡/シーワ/エジプト
この場所でアレクサンドロス大王は神官から神託を受けたとされます。
以上、「第九写真館」にてくつろいで頂けましたでしょうか。
今回は、国土の中に複数の気候が共存するコスタリカと、国土の大部分が極端に乾燥した熱砂漠気候に覆われているエジプトを旅しました。旅に明確な目的を持つと、自然とこうしたまったく異なる気候の土地へと足を運ぶことになります。しかし、まさにその対照性こそが旅の醍醐味といえるでしょう。
地球上の自然環境は驚くほど多様であり、その違いはそこに暮らす人々の文化や価値観、生活様式に深く影響を与えています。そうした背景を理解し、自分の人生に活かしていくことこそ、旅がもたらす本当の価値なのではないでしょうか。旅は心に豊かさを与えるだけでなく、未知の世界へと私たちを導く「魂の乗り物」ともいえる存在です。
新しい景色や出会いは、自分の内面に眠っていた感性を呼び覚まし、人生に新たな視点をもたらしてくれます。だからこそ、人は何度でも旅に出かけたくなるのでしょう。
松尾芭蕉は『おくのほそ道』で、「片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず」と記しました。人生そのものが、一生という時間をかけて歩む長い旅であるからこそ、私たちは新たな世界へと向かう衝動を抑えられないのかもしれません。
次はまた「第十写真館」へのご来館をお待ちしております。
ご来館有難うございました。
館主:牛島まさみ